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札幌高等裁判所 昭和24年(新を)113号 判決 1949年12月10日

控訴人 被告人 井本奉俊

弁護人 坂谷由太郎

検察官 堀口春蔵関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人坂谷由太郎の控訴趣意は後記のとおりである。

同控訴趣意について。

よつて記録を調査するに、所論の上申書及び遅配証明書を証拠として提出し、これが証拠調を了したことは明らかで、また裁判所は被告人の利益な事実についても十分これを斟酌すべきことは洵に所論のとおりであるが、有罪の言渡をするには証拠については罪となるべき事実を認めた証拠の標目を掲ぐるだけで足りるのであるから、右証拠の標目中に右上申書及び遅配証明書の記載がないからといつて、原審が右書類につき、審案を遂げなかつたということにはならない。否むしろ、原審が本件事件差戻前の判決の罰金額を減額したことに徴すると、原審は右書類につき十分な審理をなしたものと認むるを相当とし、この点につき判断を示すことは訴訟法上要求せられていないから判断を示さなかつたからといつても、訴訟手続に違背したといえないからこの点に関する論旨は理由がない。

なお、弁護人は根室簡易裁判所が被告人に係る食糧管理法違反被告事件について、昭和二十四年二月十七日言渡した有罪判決に対する控訴事件(当庁昭和二十四年新(を)第五号事件)につき弁護人小寺叔輔の提出した控訴趣意書を援用するけれども、右控訴事件は当裁判所が原判決を破棄し、事件を根室簡易裁判所に差戻す旨の判決をすると同時に終了し、その後差戻された同簡易裁判所の為した被告人に対する有罪判決に対する控訴事件即ち本件について右控訴趣意書を援用してもその効力がないと解するのを相当とするのでこれに対する判断を与えない。

しかしながら職権を以て記録を調査するに、原判決には本件犯行の動機、その他の情状からみて、その刑の量定が不当であると認められるので刑事訴訟法第二百九十二条第二項、第三百八十一条、第三百九十七条によりこれを破棄し、訴訟記録並びに原裁判所において取調べた証拠によつて、直ちに判決ができるものと認められるので、当裁判所は刑事訴訟法第四百条により被告事件について更に裁判をする。

よつて原判決が証拠により確定した事実につきその適示した各法条を適用し、その罰金額の範囲内において被告人を罰金五千円に処し、刑法第十八条により右の罰金を完納することができないときは一日二百円の割合で被告人を労役場に留置すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により全部被告人に負担せしむべきものとする。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 村上喜夫 判事 三橋弘)

弁護人坂谷由太郎控訴趣意

原判決は刑事訴訟法第三百七十九条該当の不法がある。

事件記録によれば被告人は既に前審以来食糧配給の遅配によつて殆んど危急の情態にあつた家族及使用人等の食糧入手確保について止むを得ず統制令に違反せる行為を為した事情を述べて居り訴追者側に於いても其の点留意して昭和二十四年六月二十五日の原審第二回の公判に於いて前審被告人提出に係る富良野警察署長に対する被告人の上申書(被告提出は否)並根室町長証明の遅配証明書を検察官聴取書一通と共に証拠として提出し裁判官は何れもこれを採用して居るのであるが原審裁判所は被告人の主張の趣旨及証拠を無視して右点に関する審案をする事なく判決を為したことは訴訟手続上違背あるを免れない。

裁判は被告人の利益事実についても充分之を斟酌し所謂片手落ちに陷ることなく両全を期するを其の本務とすべきものと信ぜられるから縱令訴追者側の請求如何に不拘採用した証拠で被告人に利益なるものは被告人の主張もある事であるから必ず其の点の審理を遂げなくてはならない殊に本件では検察官も被告人の利益を考慮に入れて立証したものと推断せられるから尚更の事である。

被告人は憲法上の権利を楯に抗争的主張をして居るものであるから之を軽々に観過せられないものと思ふに不拘原審は何等其の点に触るる事のないのは訴訟手続に於ける法令適用に付いて違背あるものと謂はなければならぬ。

被告人の前審刑二万円の罰金を原審に於て一万円に軽減したのは右の主食糧遅欠配の事情を斟酌した結果とも見られるけれども判決には之を認むることが出来ないから右斟酌の如何を知る事が出来ない、右は判決に当然影響を及ぼす事項である。

尚ほ本件に就いては曩に前控訴審に於て弁護人小寺叔輔氏より控訴趣意書が提出せられてあり当趣意書に於ても之を援用するものである。

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